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創業者の想い

球場のフェンスの話です。

2009-10-16
written at 2009年10月16日|仕事の思い出
時代は昭和34年の11月のことである。
デイリースポーツ紙を読んでいたら、面白い記事に出会った。それは「ストーブリーグ」と呼ぶ欄であった。“阪急ブ レーブスはなぜ最下位か?”と、当時の監督戸倉氏は叫だ。“西宮球場が余りにも広すぎるからだ。もし南海ホークスの難波球場だったら、選手バルボンが大レフ トフライを満塁で打った。また4番 中田が満塁で、ホームラン性の大フライを放った・・・その様な事例が沢山、山ほどある。
アレヤ、コレヤを思うと、阪急ブ レーブスは毎年優勝だ。もし阪急電鉄が野球の時は難波球場のように狭くなり、競輪の開催時は、今の競輪場に早替わり出来る施設にして頂きたいものだと語っ た。私(古賀)はアイデアを提案した。甲子園球場のラッキーゾーンは固定式だ。西宮 球場向けは簡易で脱着式が出来て、頑丈なラッキーゾーンを提案しました。すると阪急電鉄より施工指示が届いた。その後、阪急ブレーブス球団が優勝を重ね強くなっていった思い出があります。
大東金属株式会社
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