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創業者の想い

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ここに技あり! タフパネル(遮音壁 統一型金属板)その1

2012-11-22
written at 2012年11月22日
 
① 排水機能の強化
       従来の底辺部の折返し(ハゼ構)に、切込みを設けた排水機能構造を採用し、 水の溜らない構造としています。
② 電食による腐食防止
       従来の前面板(アルミニウム合金)から、背面板と同じ材料である高耐候性 メッキ鋼板に変更し、電食による腐食防止を図りました。
③リサイクル費用の低減 
     遮音板鋼板を高耐候性メッキ鋼板に統一すること及び吸音材をポリエステル(耐熱性でない材料)に変更することで、リサイクル時の分解・処理費用を低減できます。
 
 
531.jpg
 
 
532.jpg

ご存じですか?GRMO(中央分離帯開口部)特に緊急時対応

2012-11-22
written at 2012年11月22日|
このGRMOは、名神高速道路ではGRMOの初期型が採用に成っていました。
東名高速道路からGRMOの改良を当時公団本社の山崎八郎、木倉正美の両氏から相談され
次の様に改良した話しを致しました。
 
初期型の問題点
①   支柱と鞘パイプが錆び付き引抜きが大変である。
②   枠(金網)の取付ボルトを外すのに時間が掛り過ぎる。
③   パトカーの乗務員では、取外しが出来にくい。
 
 
511.jpg
 
*トンネル前後と約3km~5kmの間隔で設置されていましたが、現在の道路には設置されていません。
 
 改良点
①   鞘パイプを鋳物で(一部変型)製作した。
②   支柱及び枠を全て亜鉛ドブ付けメッキにした。
③   一人で簡単に取外し及び、取付けを楽にした。
 
図―2(改良型)
  512.jpgのサムネール画像

東北地方の津波で原発事故により放射能被害を受けた瓦礫処理についての提案

2012-11-21
written at 2012年11月21日|
 
日本には世界最大級のマシン(TBM)があ ります。
 直径が13mですからビルの4階建ほどもある
現実には世界のトンネル工事の掘削機です。
 【 実例 :  飛騨トンネル 2008年7月開通 全長10,710m 】
 TBMマシン( 写真 ↓ )
521.jpg ※ TBMマシンは調子がよい時は、岩山で1日100m進むそうです
 
私はこの機械を使って近隣の山に穴を掘り、
そこに復旧復興の妨げになる放射能汚染した
瓦礫を内蔵し、半永久的に保管する提案を考えました。
又、掘削土の残土を埋め立てや、地震で沈下した地域への
盛土に流用すれば有効活用が図れるのでは、とも考えております。
 
 
 523.jpg
 
 
TBMマシンで掘った飛騨トンネル工事は、私が大変お世話に」なっております寺田光太郎所長が担当されていらっしゃいました。元小泉首相が寺田光太郎所長より、飛騨トンネル内で説明を受けている写真です。
所長は少し緊張されている様に写っています。 
 
522.JPG
 
 

吸音板の開発秘話の話

2012-11-21
written at 2012年11月21日|仕事の思い出
昭和47年、高速道路に吸音性の遮音壁の開発を 痛感していました。ある日、私のラジコン飛行機仲間 の友人に製作の相談致しました。私の住んでいる地区は下請け及び、零細鉄工所が数多くある地区です(東大阪)。 その中の親しい友人に私の考えた吸音板のサンプル を作ってくれと交渉し、「支払いはフランス製のブランデ -“ナポレオン”1本と、”コニャック“1本で」と交渉がまとまりました。三日余りでそのサンプルが出来上がり(日本で初めて の吸音板)、それを勤務先の石倉金属に持参し、上司 の合田部長に提示しますと突然、「こんなガラクタが商品にナルカ!!古賀!お前の給 料で支払え!タマタマ新幹線の立入防止柵が
アタッタからと図ニノルナ!!」と部屋の隅々にまで響く大声で怒鳴られました。数日後、私は国鉄新幹線総局大阪支庁社 線増課の 親しくしておりました課長に吸音板のサンプルを持参したところ、課長は、スバラシイ!私はこれを探して居たところダヨ、数日間預からせてくれるか?」と言われたのでOKしました。そして翌日のNHK朝7時のニュースでその吸音板のサンプルが全国のテレビで放映されました。それから一週間というもの、吸音板の反響はすさまじく 全国から電話での問合せが殺到して、本業の建築 金物の業務が出来ないくらいでした。有名人の本田 宗一郎氏からも電話がありました。そんな中、上司の合田部長と二人で日本道路公団に行くと、私にだけ質問が殺到してしまうこともありました。翌日、同僚の衣笠君が私に「合田部長が、吸音板は部長が発明し古賀君が作ったと、外部に話すようにと言っているよ!!」
と言われました。その後国鉄や、日本道路公団、建設省等から商品説明に来る様にと依頼がきたので、合田部長に“ドウゾ”と薦めると、 「そんな事は君にマカスヨ」と・・・『公団の理事、局長、 次長、課長級は俺が行く。・・・それから、公団の本社局 には訪問禁止。古賀君の様な【高卒】が行くと石倉金 属の品位を壊す。
俺は、旧海軍の少佐で、インドネシ アでスカルノ大統領と友人で戦後東京読売新聞社の 記者をしていた。シタガッテ公団に対しては失礼に当たるといけない。』 また、当時の石倉金属の社長(故)石倉甚作氏に 会社近くの赤提灯へ「一杯飲みに行こう」と誘われ、行った事があります。
信楽ゴルフ場にも誘われて行きました。数日後、衣笠君が「古賀課長、社長とゴルフに行っただってね。!!そういう場合には、君が行かずに合田部長を推薦するのが常識だよ」「イヤ違うよ、石倉社長と社長の友人が2名、俺は運転手兼でついて行っただけだよ」「イヤ、合田部長がカン カンダヨ!!」当時合田部長は車の免許をお持ちではな かったため、社長は私を連れて行ったようですが、それ以来不仲が数年続きました。その間 日本道路公団の窪津義弘氏、三浦進氏、新妻俊三氏(故人)、馬場銀二郎氏、桜庭晃氏、小田博之氏、西肥卓治氏、西田行宏氏、高藤氏(故人)、関口英二氏、山崎八郎氏、宮島実氏、渡辺元人氏、辻馨氏 等多くの方々に力付けて頂き、今日の私があります。
昭和51年 統一型、日鉄金属、徳山ソーダ―、セキス イ樹脂、日本ガイシ
昭和55年4月 石倉金属(株)退職
昭和55年6月 大東金属㈱設立
*平成5年   石倉金属㈱倒産(約400億弱) 
追伸当時国鉄の担当記者は、松見記者でした。その松見記者が、さんざん国鉄山陽新幹線総局を相手に取り騒音問題を、取材している最中でした。又、後に松見氏(自由民主党)は東大阪市長になられました。平成15年10月15日遠い昔話に花が咲きました。
 
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新型吸音板の落語話し

2012-11-21
written at 2012年11月21日|仕事の思い出
或る日、ネクスコにPRに行くと!!「古賀さん名神高速道路に設置されたと言われたので、それは迷信高速道路と思った。しかし先日名神高速道路の尼崎付近で確かに“確 か に ”確認したよ。確かにスバラシイ製品ですね。でも東名高速道路 (透明高速道路)にはマダですね!!」ハイ。「先日8月17日  中日本高速道路厚木工事事務所より少し採用致します。」と連絡がアリマシタ。
 

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